とっておきのフランス

【とっておきのフランス】エウルの思い出 Une mémoire d’Eourres Yochanさん

 2018年4月から19年の3月までおよそ1年間フランス中を農業しながら回ってきました。 計11件の農家に滞在したのです。思い出があり過ぎて全て書き尽くすのは大変なので,最初に滞在したEourresで体験したことを書きます。3ヶ月もそこにいたので書くことには事欠かないのですが,全てを書くと膨大になってしまうので特に最初の1週間の出来事を書いていきます。

Eourresは,南部オート・ザルプ県にある人口137人(2017年の統計)の小さな村です。山々に囲まれた谷間にあり平地がありません。僕が滞在したお宅はWifi接続はほとんど出来ないくらいの 奥地です。スマホも繋がりません。 パリのリヨン駅からTGVでエクサンプロバンスTGV駅へ行き,そこからバスでエクサンプロバンスの駅へ至ります。そこから,電車やバスで約1時間でシストロンへ行き,タクシーを使って小1 時間でEourresに着きます。途中,渓谷の隘路や畑や牧草地,村々を抜けていくのです。

後ろ左から,Robさん,Carolineさんとお孫さん,Alainさん,Léa, Julien, Samuel 前左から, Annabelle, Gela,僕。

その村を最初の滞在先に選んだ理由は,南フランスに絶対に行ってみたくて農家さんを探していたらその農家さんが快く許可してくださったからです。南フランスへ行ってみたかったのは,プロヴァンスやコート・ダ・ジュールの明るい雰囲気,特にラベンダー畑を眺めて見たかったから。正確に言うなら理由など無く,淡い憧れを抱いて赴いただけというのが近いです。

僕がお世話になった農家さんと書きましたが,最初に滞在したところは農家さんではありませ ん。Le Hameau des Damiasといういくつかのコテージが立ち並ぶ旅館です。ご主人のRobさん,Carolineさん夫妻がおよそ30年前に打ち捨てられた住宅をレストアして旅館にしたのです。

Le Hameau des Damias全景。中央右側の高い木の背後にある建物の2階に滞在し ていました。この写真からは木に隠れて全く見えません。

テレビなどの利器は備えておらず,ハイキングや自然を楽しんだり,ヨガや音楽を楽しんだりと日 頃の喧騒から離れて各々が思いのままに過ごすことができる環境にあります。さらに特徴は,自家栽培した無農薬・無化学肥料野菜の料理を味わえることです。もちろんご主人たちが腕を振った料理です。旅館の敷地内に畑があり,そこで育てた野菜をお客さんに提供します。僕が農作業をし たのは,この畑です。

Le Hameau des Damiasの畑。真ん中の写真の中央大きな木の前面の畑です。トマトの苗をちょうど植え終えたところです。

4月8日の午後3時ごろ遂にCarolineさんが迎えに来ると約束したシストロンに着きました。パリで4日間,エクサンプロバンスで2日遊んでいたため,少々くたくたになっていましたが,途中バスから眺めたプロヴァンスの岩からなる荒々しい渓谷や山々に心がわくわくしてきました。TGVからも同じような景色は見たはずなのに,日本の渓谷とはスケールが違うなんて,心の中で絶叫している自分がいました。 シストロンもゴツゴツした岩の渓谷の町です。町の中心にある岩山の上にシタデルと呼ばれる城が そびえています。シタデルの対岸には荒々しいBaumeという巨岩があります。この街はBuëch川が Durance川と合流する地点にあるのです。

駅の改札を出てから,Carolineさんにメールを到着のメールをしました。シストロンから迎えを出すと伝言してくれたからです。メールを打って,駅の構内から出ると,頭髪どころか顔を覆うひげ も全て真っ白な老紳士が声をかけてきました。見ず知らずの人なので,不審に思い知らん振りを決めたのですが,彼がCarolineさんの名を出してきました。彼はCarolineさんの仲間でAlainだと紹介しました。
白のワンボックスカーに乗り,僕がどうして日本からフランスへ来たのかなど色々な話をしなが ら,道を行きます。

シタデルや巨岩を後にすると,しばらくは渓谷の道を通過しますが,やがて両脇に畑や牧草地が 広がる広大な空間が開たかと思うと,小さな村を抜けることを繰り返して,メウジュ渓谷に至りました。長瀞の岩畳が比べものにならないほどの深く切り立った崖の間の道を抜けて行きます。すると また両脇に草原が広が李,村を通過するという繰り返しで,Eourresへ到着しました。もう坂道だけです。

到着した時はすでに雨が降っていて,服が濡れると雨の冷たさが身に染みました。石灰岩の岩肌 に木々が生えている山々の合間にオレンジ色のレンガの屋根に積み重ねた石を黄土色の漆喰で塗 り固めたような家がいくつか立ち並んでいました。これが Le Hameau des Damias(直訳で Damiasの隠れ家)です。ぬかるむ道に1年分の荷物を入れた重いトランクケースをひっぱるとよろけそうになりながらも,Alainに導かれるままに彼が案内する建物へ行きます。

建物に入った時,最初にいたのは,JulienとFlorianeでした。2人ともフランス人です。前者はパリ近郊出身で顔の彫が深くはっきり顔の各部分が目立ちました。身長は190cmを超えるくらいの大男です。このLe Hameauを継ぐことになっています。後者はブルターニュ出身の女の子。赤みがかったブラウンの長髪に目がいきます。一見冷めた印象ですが,話し始めると活発な女の子です。どうやら僕に興味があるようでした(後でわかります)。出身はどことか日本のことなど 色々聞いてきます。僕と同じで農業ボランティアをしに来ていることのこと。もう半年ここで生活していると話してくれました。

挨拶をしたので,外へ出て,2,3の建物を通り過ぎると小さな商店のような建物がありました。 その建物の前にモデル並みに背が高くすらっとした女性がいました。身長は180cmを超えるくら いでした。彼女に挨拶をすると,Léaと紹介してくれました。彼女はJulienのパートナーでまだ結婚はしていないとのこと。まあ,フランスはカップルの半分は結婚しないので珍しくないのです が。モデルのような感じの女性だったので高いのかなと思っていましたが,実際は思いやりのある女性で滞在中,困った時に色々助けてもらいました。

夜になると,CalorineさんとRobさんがやって来ました。彼女はモロッコ出身,フランス人によく見られる快活でいつもおしゃべりいているような女性でした。彼はアメリカ出身です。優しい人ですが,ポーカーフェイスで何を考えているかよく分からず,最初は怖かったです。

その日は上記のみんなと夕食を取ったのですが,フランス語がほとんど聞き取れず,何もわからないし,緊張と不安でほとんど覚えていません。Florianeがハーブティーを入れてくれたおかげで和みました。

翌日は8時半から畑作業です。朝食はパンをFlorianeと取ります。パンを切り分けてくれたり,お茶を入れてくれたりまるで僕の母が息子の面倒を見るかのようでした。 初日だというのに,雨が降っています。ついてないと思いながら,パンを頬張っていました。 すると2人の女性が現れました。一人は Naialla。アメリカ人とフランス人のハーフで早口で喋る女性です。もう一人はGela。イエナ出身のドイツ人で造園関係の会社に勤めていましたが,フランス中を旅してから,Eourresに住むようになりました。現在はジャルディナーという野菜栽培のプロとして生活しています。Le Hameauの専属で現在働いています。

明るいけど少し照れ屋なところがある女性です。顔が真っ赤に焼けているのを見ると,本当に畑が好きなんだなぁと感じます。出会いざまにビズをして来たのに驚きました。 日本よりも多国籍であることは間違い無いとは思っていましたが,こんな小さな村で数日の間に フランス以外の人と遭遇するとは思ってもいなかったので,本当にびっくりでした。

霧雨のような細い雨が降る中,上記の4人で農作業です。コンポストと呼ばれる生ゴミを堆肥に する場所の管理です。すでに堆肥化した堆肥を別の場所に入れ替えるのが主な作業です。 みんなはフランス語で会話しながら作業できますが,僕は全くついていけません。それでも, FlorianeやGelaは僕が作業が理解できるまで,かいつまんで説明してくれました。 雨と寒さとフランス語会話しながらの作業でくたくたでした。午前中で作業は終了。その日はずっと自分の部屋にこもり寝ていました。寝る前にトイレに行くときにFlorianeがにっこりしてくるのはよく覚えています。

翌日はハウスで作業。苗床の土を作ります。土を捏ね,水を加え,ある程度になったら固めて切断する作業です。Florianeと二人きりの作業になりました。僕が完全にダンマリなので,彼女は不 思議がって話しかけてきます。仕事しながら話すのは難しいので話せないと話すと,なんでもいいから話しましょうよということになり,会話をします。

彼女はクラシックが好きだということ, 最近のフレンチポップスも好きだと話してくれました。ちなみというか図星というのでしょうか,フランス人はだいたいクラシックが好きだということです。僕もクラシックが好きだと話し て,フレンチポップスはフランソワーズ・アルディが好きだと話すと,もう古くて最近はあまり流れないと聞いてショックでした。古いのは確かですが,日本でも彼女の曲はリズムくらいは知られているので意外でした。

ということは,僕が知っているフレンチポップは全て古いことになります。 作業が終わり,ハウスを出ます。いきなりFlorianeがハイタッチをしてきました。フランス人から 見れば病気に見えるくらい陰気な僕に明るく振る舞うのはなぜだと思いつつ,笑顔で彼女にハイ タッチしました。いつも勝気の印象なのにフレンドリーに接してきました。 僕が硬くなってだんまりしているのに,僕の前ではいつも笑顔です。ほっとするのですが,気を遣わせているんじゃ無いかと複雑な気分でもありました。

雨で作業できない日は,一日中カードゲームで過ごしました。その時も僕がゲームに参加できるように分かるように説明してくれました。聞く前に彼女がリードして教えてくれるのです。

滞在して1週間が経ちました。ドイツ人の女の子が2人来ると聞きました。それは同時にFloriane とのお別れを意味します。Carolineさんが2人までしか収容できないので,先に滞在していた彼女が去らなければならないのです。
彼女がさる前日の晩,夕食を終えて,ハーブティーをいつものように入れてくれた後,こう告げま した。彼女にとって僕が最初の日本人だということでした。

だから,僕に会った時,とても嬉しかったのだということ。僕の言葉が聞きたかかったので,僕がうまく伝えられない時でも,彼女は笑顔でじっと話すのを待ってくれたのでした。 びっくりしました。日本人なんて今や世界中活躍しているのだから,フランス人にとっても珍しくあるまい,と高を括っていました。ちょっとした有名な大学でもフランス人の講師はいます。

それに僕は日本にもフランス人の知人がいます。フランスに到着して1,2週間足らずの間でもフランス人と接して,会話もしました。 彼女にとって最初のフランス人が僕で良いのかとばつが悪い感じがしました。 それでも,彼女にとって特別な出会いになったのは,やはり嬉しかったです。そんなことは初めて のことでしたし,なんか不思議な気分でした。ただ僕はフランスを放浪したいだけなのに初めて のの日本人という意味身長なことに展開しようとは思いもよりませんでした。

翌日は早めの朝食を取りました。いつものように彼女は僕にパンを切ってくれたり,お茶を入れて くれたりと母親ばりに世話を焼いてくれました。 彼女と記念写真を撮り,別れを告げました。普通にさようならと交わしただけの普通の別れでした。でも,出発する直前に手紙を渡していました。フランスで最初に同じ屋根の下で暮らしたのが,活発だけど思いやりのある子で本当に幸いでしたから。普通の挨拶だったけど,お互いの言いたいことは言葉を伝えようとしなくても,伝わっているのかもしれません。本当にありがとう。

僕は1年間のフランス滞在を終え,日本に帰ってきました。これも滞在先の方々に救われたからに他ならないとひとえに感じます。今でも,この体験を思い出さない日はないくらい思い入れのある体験になりました。
Carolineさん,RobさんをはじめとするLe hameau des Damias の皆さん,FlorianeやGelaのお かげで慣れない農作業も楽しくなりました。本当にありがとう。

Le Hameau des Damiasのリンク
http://www.lesdamias.com/fr/node/2

Yochan

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