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「まんだんフランス昔ばなし」~10歳の子供と学ぶ、フランスの歴史第一弾

パリに住む親子の会話を通して、フランスの歴史を少しずつ学んでいきましょう!

娘 「パパ、今度のバカンス、久しぶりに遠出できそうだね。今度は南西部にいくの?」
父 「そうだよ。お前にも、もう少しフランスの歴史を勉強してもらおうと思ってねえ。ところで、フランスっていう国はいつごろからできたのか、学校で習ったかい?」

娘 「このところオンラインだから、歴史はやらないの。そういえば、そんなこと考えたことなかった。」
父 「それはね、今から1万年以上前、旧石器時代にクロマニヨン人という原人が住み着いたのがはじまりなんだ。彼らは狩猟民族だったけど、今度、ラスコーの洞窟に行ったら、彼らが描いた動物壁画を見てみよう。その色彩と写生のすばらしさは、彼らがいかに文化的に優れていたかわかるよ。」

娘 「でも、狩猟で生きていくのは難しいよね」
父 「そう。その日暮らしは長くは続かず、次第に絶滅してしまったんだ。その後紀元前3世紀頃、農耕や牧畜に長けたケルト人という騎馬民族がこの地域に移住してきたんだ。」

娘 「そのころもうパリってあったの?」
父 「パリはパリシ族というケルト人の一族が居住して、その名がついたんだ。今のシテ島が中心と言われているよ。ところで、ケルト人が住むこの地域は、やがてガリアと呼ばれるようになった。当時最強国であったローマは何度も侵略にトライして、結局カエサルが紀元前50年ごろ制圧に成功したんだよ」

娘 「結構、戦争は悲惨だったの?」
父 「そうでもなかったみたいだね。当時、ローマは欧州で最も洗練されていたし、オシャレな文化を誇っていたんだ。ガリアの人々も、ローマにあこがれて、影響を受けていったんだよ」

娘 「あ、今度行くポン・デュ・ガールもその一つね」
父 「そうそう。当時建築されて現在も使われている水道だね。ローマ人は水道だけでなく、皇帝への「参勤交代」道路網も整備していったんだ。当然、ローマ人もこの地域に住み着くから、祝祭の場所も必要となる。近くのニームの町にある円形劇場もその一つだね。」

娘 「今でも、闘牛やオペラをできるだよ!すごいね」
父 「建築とともに大きかったのは言葉だね。ケルト語が話されていたガリアで、ローマ人の話すラテン語が主流となっていった。今のフランス語の基礎が作られていったんだ。」

娘 「小学校でも、ラテン語のコースもあるものね。」
父 「そうそう。共和制から強大なローマ帝国になって数世紀にわたり繁栄する中で、この地域も安定して文化が芽生えていったんだ。でもそんなローマ帝国も3世紀位になると、さすがに翳りがみえてくる。そして、やってきたのが….」

(次回に続く)

※フランスの歴史は諸説あります。当原稿はあくまで有力な説に基づくものであることを了承ください。

書いた人:Monsieur F

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