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「まんだんフランス昔ばなし」~10歳の子供と学ぶ、フランスの歴史第三弾

「まんだんフランス昔ばなし」~10歳の子供と学ぶ、フランスの歴史第三弾
パリに住む親子の会話を通して、フランスの歴史を少しずつ学んでいきましょう!

娘 「前回は、10-11世紀ごろ、少しずつフランスの原型が出来てきたという話だったわね。」
父 「そう。でもここから4-500年、近代フランスになるための見逃せないいくつもの争い事があるんだ。まずは10世紀の十字軍戦争だよ。」

娘 「騎士団が掲げていた、赤い十字のね。よく教科書で見たわ。」
父 「経済的に潤った欧州各地のキリスト教徒が、聖都エルサレムをイスラム教徒から奪回するために起きた戦争なんだ。十字はそのためのシンボルマークだったんだね。」

娘 「未だに中東地域は戦争が絶えないけれど、その頃から騒がしかったのね。」
父 「この戦争は200年程続いたが結局十字軍は撤退したんだ。これが今の欧州と中東地域の怨恨の原因でもあるんだ。ただこのころに東方貿易が盛んとなって商業網が発達するんだ。イスラム文化との交流は、ルネサンスの走りになんだよ。」

娘 「パリは、この時代からセーヌ川の交易の起点として賑わい始めたのね。」
父 「そう。二つ目は、周辺国との争い。特に今もライバル国である英国との戦争だ。」

娘 「百年戦争のこと?」
父 「そう、それだ。13世紀に入りカベ―朝がヴァロア朝に代わった頃、現在の英国島を支配していたプランタジネット朝との間で、王位継承権を巡って戦争となるんだ」

娘 「ミステリー劇場でも、出てくるね。」
父 「当初は英国側が優勢で、ボルドーから南のアキテーヌ地域、北はブリターニュ地域まで占領された。そこにオルレアンの少女、ジャンヌ=ダルクの登場で、一気にフランス側が巻き返し、英国軍を海峡から追い出した。」

娘 「ジャンヌ=ダルクが、ユーロ貨幣や紙幣に描かれているわけね。」
父 「そして最後に、16世紀に始まった宗教改革。ルターやカルヴァンらが提唱した新教・プロテスタントと、旧教・カトリックとを二分する争いだよ。」

娘 「カトリックやローマ教皇からすると、心おだやかではないよね。」
父 「もともと12-13世紀ごろ、フランス南西部ではカタリ派というカトリックの異教徒が登場したけど、彼らは激しい弾圧と虐殺により押さえ込まれた。でも、16世紀になると、今度はプロテスタントが普及し、欧州全域での宗教戦争に発展してしまったんだ。」

娘 「ザビエルが日本に布教に来たのも、この時期だったよね。」
父 「そうそう。カトリックがプロテスタントの攻勢に焦りを感じ、世界に展開を求めたんだね。16世紀になってブルボン朝に代わると、国家安寧のため一旦はナントの勅令を発布し、プロテスタントを認めたんだけど、一国二宗教がまとまるわけもなく、100年もたたず勅令を廃止し、カトリックのみがフランス国教として認められることになった。」

娘 「えー『なんと』! それは大混乱の元じゃない?」
父 「その通り。これによって、プロテスタントは英国やオランダ、プロイセン等に亡命した。国家は安定したんだけど、プロテスタントを信仰していた商工業者がフランスを去ったので、英国に比べて産業革命は遅れてしまったとも言われている」

娘 「で、そろそろフランス革命前夜につながっていくのね?」
父 「そうだね。でも続きは、来週7月14日パリ祭当日、漫談家の「あっちこっちいっ亭ムッシュ」さんにバトンタッチして、語ってもらうことにしよう。」

※フランスの歴史は諸説あります。当原稿はあくまで有力な説に基づくものであることを了承ください。

書いた人:Monsieur F

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